UXのプロフェッショナルが説く、MaaS時代に必要なUXの視点

UXのプロフェッショナルが説く、MaaS時代に必要なUXの視点

現在、大変革期の真っ只中にあるモビリティ業界。あなたもすでに何度かMaaSやCASEといった言葉を耳にしていることでしょう。今までにない概念をもとに新たなサービスが次々と誕生する中、「新たな言葉や概念を浸透させるには、共通言語が必要である」と唱えるのは、株式会社ドッツでスマートモビリティ事業推進室長を務める坂本貴史さんです。UXデザインのプロフェッショナルとして、講師や執筆を数多くこなしてきた坂本さんに、MaaSを浸透させるために必要なUXの視点について伺いました。

インタビュイー:dots inc. スマートモビリティ事業推進室 室長 坂本貴史(さかもと たかし)さま

ユーザーの体験をプロデュースする

坂本さんのご経歴とdots inc. について教えてください。

私のキャリアはDTPデザインのグラフィックデザイナーからスタートし、時代の変化とともに、2000年からWebを中心としたデザインに携わるようになりました。2002年にネットイヤーグループというデジタルマーケティングの企業にて、大手企業のクライアントにWebやアプリにおける戦略立案から制作・開発を担当。そして、ここから徐々にデジタルマーケティング支援(コンサルティング)に関する専門的な仕事も増え、同時期にWebデザイン系の多く書籍に共著として参加しています。代表的なものは、「IAシンキング Web制作者・担当者のためのIA思考術 」「IA/UXプラクティス モバイル情報アーキテクチャとUXデザイン」「UX × Biz Book 顧客志向のビジネス・アプローチとしてのUXデザイン」など。また、セミナーの講師として年間60本ほど登壇しました。

プロジェクトに関わる中で、自分自身がものづくりをする方向へとシフトチェンジしたいと思い、自動車メーカーの日産自動車へ転籍。先行開発でコンセプトカーに関わる部分、インパネやコクピット周り、HMI(Human Machine Interface)のデザインなど、同社ではUXリサーチをしながら、インタラクションの設計を担当しました。昨年開催されたモーターショーやCESに出展されたコンセプトカーは、私も関わったプロダクトです。

現在はdots inc.という会社でスマートモビリティ事業推進室を立ち上げ、主な顧客である鉄道事業者のMaaS事業を支援しています。dots inc.は主にWebサイトを起点としたデジタルプロダクトの企画支援する企業です。イメージはプロデュースに近いでしょうか。わかりやすい事例でいえば、観光に即した車両(観光列車)の企画開発やプロモーション、Webサイトの設計などに関わっています。

車両を製造しているわけではありませんよね?

そうですね、私たちが携わるのはあくまで企画や設計部分です。たとえばSL銀河(JR東日本)。この車両内には列車では初の光学式プラネタリウムが搭載されています。ユーザーの車内体験をより一層良いものにするためにはUXの視点が重要ですので、今までの経験と知識を活かして、このような企画の提案や導入へのプロジェクト進行を一緒に行っています。モビリティ業界以外にも、一般企業のデジタル戦略支援や外食系企業の商品企画などもしています。

坂本さんが関わっているモビリティ関連の事例を教えてください。

直近では、観光型MaaSの取り組みに参加しています。このプロジェクトでは、国内旅行をより便利に、よりスマートにすることを目的に、各々の場所で使えるフリーパスチケットの購入や買い物する際の割引やクーポン、レンタカーの予約などがウェブで完結できるようにしています。弊社ではそのプロジェクトに参加して、地元担当者とのワークショップ開催や企画支援をしています。

また、観光型MaaSとは違いますが都市型MaaSの戦略立案にも関わっており、複数のワーキンググループを支援しています。ですので、今のところ私が関わっているのは、鉄道事業における観光型MaaSと都市型MaaSのに携わっていることになります。

共通言語を作るために開発された「MaaS×Card」

ここからは、坂本さん個人の活動を伺えればと思います。昨年、MaaS×Cardのクラウドファンディングを実施されましたが、そもそも、MaaS×Cardを作ろうと思ったきっかけを教えてくださいますか。

話は自動車メーカーに所属していた時代まで遡ります。私はそれまでデジタルマーケティングの視点でUXデザインを本業にしていましたので、当然ですが同じような視点で話せる人が少なかった印象があります。そのため、プロジェクト関係者との意思疎通に多くの時間を要していました。

従来の自動車メーカーにおけるデザインプロセスだと、ハードが先に決まっていたり、UXと言っても話の中心が狭義な部分になってしまいます。そもそもマーケティング(車の意味)としてどうなのか、ユーザー体験(乗る前から降りた後まで)はどうかといった視点が欠けてしまうのです。新たな提案をするには、むしろそうしたマーケティングやユーザー体験の設計が重要ですし、カスタマージャーニーの各段階で、ユーザーのさまざまな利用シーンを想起できなくては、サービスはデザインできません。そこで、誰とでも意思疎通ができるための共通言語が必要だなと考えました。その思いを実現しようと、メーカーから今の仕事に移ってから、開発したカードをクラウドファンティングで公開しました。

このような課題は多くの企業や自治体でも発生しています。フィンテックなどもそうですが、新しいキーワードや概念を取り入れ、実現させるには、共通言語を作るところからがスタートだと思います。わたしの経験と同じように、何も知らない、わからない人が新しい企画やサービスを始めるのに、役に立つ道具として、MaaS×Cardを作りました。

坂本さんのエピソードを伺って、コンビニコーヒーの話を思い出しました。コンビニに設置されているコーヒーマシンは見た目が洗練されていてオシャレですが、当初は「使い方がわからない」と声をあげる人がたくさんいた。結果、マシンには「あつい」「つめたい」というテプラがペタペタと貼られ、オシャレな見た目が台無しに。ただしこれは部分的な話であり、サービス設計としては秀逸なため、広義のUXとしては成功しています。

本来、既存の事業を進めるレイヤーと新規事業を進めるレイヤーは全く異なるものです。参画者全員が「これは新しいサービスの話」だと頭を切り替えることができれば話は別ですが、実際は難しい。

デジタルエージェンシー時代にワークショップをいくつも開催しましたが、初めにカスタマージャーニーを作ることで、身近な話として捉えることができたり、既存事業に関わっている人が頭の中でチャネルを切り替えられたり、新しい企画を考えられる流れを作ることができたので、この手法をMaaSやモビリティの切り口としても応用していこうと考えています。

MaaS×Cardを利用することで何が変わるでしょうか。

MaaS×Cardとは、表面にユーザー体験のイラスト、裏面にその時に必要なソリューションのヒント(解決案)を書いたカードで、MaaSのように新たな概念や分野を直感的に理解しやすくするものです。

これを用いることでMaaSに関する知識(デザインする範囲など)が身につきますし、そこで得た知識をベースに共通言語を作ることができますで、トッカカリとして非常に始めやすいと思います。MaaSと聞くと「自動運転 × ●●●」という技術の話だと解釈される方がまだまだ多くいらっしゃいますが、そもそも“移動”は技術の話ではなく、人が車に乗る前から車を降りた後もまで続く体験を指します。このように説明すれば、みなさん「そうだよね」と頷いてくださいますが、そうした視点の切り替えをしないままだと乗り物ありきや技術ありきで考えてしまいます。しかし、このカードを使えば、さまざまなシーンを想起しながら移動全体を俯瞰して見ることができますから、技術ありきに偏ることもなく、体験ベースで移動について考えることができます。

また、利用者の視点も大切です。たとえば、運転する前と運転した後について「旅行者であれば、初めて訪れる観光先でどんな問題が発生するのか」「サラリーマンだったら、この後どのような行動をとるのか」など、利用者とその行動パターンについて考えていくことで、特定の課題も発見しやすくなります。

モビリティやMaaSという言葉をまったく知らない人でも、移動における「体験」と、そこにおける「課題」を発見するきっかけを作ることができますし、見つけたものを自社のサービスや業務に落とし込んでいただくことができれば、開発者としては非常に嬉しいですね。

どのような方たちにMaaS×Cardを使っていただきたいですか。

地方の交通や移動について考えている人、交通や移動にまだ興味を持っていない人にもぜひ使っていただきたいツールです。デジタルやデザインを活用することで、自分たちでも解決できることが多いと気づいていただくことが目的ですね。大事なのは、モビリティを介して課題解決ができる、何かを変えることができると思っていただくことであり、何より「自分たちで変えられる未来」を実感して欲しいですね。

そうした思いから、地元の人がモビリティやMaaSを語り、イベントや取り組みを進めるためのベースとなる場所を用意しています。実際に、京都や名古屋ではすでにイベントも複数回開催しています。地方の活性化と言うと壮大なテーマに聞こえますが、私個人でできる活動を一歩一歩進めている感じです。

新モビリティ時代、人々のライフスタイルはどう変わっていく?

坂本さんが今後、取り組んでみたいことや目指すことは。

私自身はモビリティ体験の向上に貢献し、DX(デジタルトランスフォーメーション)を前提に、異業種間同士のコラボをどんどん推し進めていきたいですね。シェアカーの仲介業かもしれないし、モビリティを介した保険業かもしれませんが、いずれにせよ新サービスを生み出すプレイヤーになれればと。そして、究極的には自分で未来の車を作れたら最高ですね。

ありがとうございます。最後に、スマートドライブへ一言お願いします。

スマートドライブは現在、移動体のさまざまなデータを取得・分析されていますが、車内空間の過ごし方をデータで取得いただけないかなと思っていまして。所作データの取得は非常に難しいと理解はしていますが、ユーザー体験の専門家としては、「窓を開けた」時に「なぜ窓を開けたのか」、すべての行動における理由や原因をあらゆる角度から突き詰めて追求したいため、所作の数値化に興味があります。モビリティが大きく変わっていく中で、人々のライフスタイルがどう変化していくのか見ていけると嬉しいです。

たとえば、電車に乗っていると車両の外側を向いてつり革につかまりますよね。あれは一つの習慣です。車だとみんな進行方向を向いていますよね。これが自動運転になって、必ずしも進行方向を向く必要がなくなったら、人々はどうするのか、どこに抵抗感を覚えるのか。そうした人々の心理状況は知りたいですし、車内空間のデータを取得することで所作の予測ができようになれば、新たなサービスが生まれるかもしれません。

今回お話を伺ったUXの達人である坂本さんが開発した「MaaS×Card」。来たる3月5日、このカードを用いた実践型のワークショップを開催します。MaaSに携わっている方、MaaSをもっと知りたい方など、このインタビューを読んで興味を持ってくださった方は、ぜひともご参加ください!

<ワークショップは終了しました>

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