エレベーターの進化から見えてくる「モビリティ改革」

エレベーターの進化から見えてくる「モビリティ改革」

江戸時代、武士階級や大規模商家を除く多くの町民・職人たちは、長屋と呼ばれる集合住宅で生活を営み、それが近世に入ると縦方向に複数階を有する団地やマンションへと急激な変化を遂げていきました。そして、第二次世界大戦後の高度経済成長期に突入すると、二ケタ以上の階層を持つ高層マンションやオフィスビルが都市部に乱立、それと同時に階段での徒歩移動が困難になったため、ボタンを押すだけで上下移動可能な箱型の空間、「エレベーター」が普及しました。

今や、大都市圏における重要なモビリティの一つとなっていますが、そんなエレベーターが縦移動だけではなく、「横移動できるツール」になったらどんな変化が訪れるのでしょうか。

未来エレベーターコンテストは「想像」ではなく「リアル」になるか

東京の霞が関ビルやサンシャイン60など、誰もが知る高層ビルに自社製エレベーターを供給しているビル内モビリティのパイオニア・東芝エレベーター(株)は、2007年から10回にわたって未来のエレベーターの形を学生から募る、「未来エレベーターコンテスト」を実施しています。2016年に行われた第10回では、「IoTが変える!IoTで変わる!10年後の建築とエレベーター」をテーマに、2026年のエレベーターの姿を若い世代に問いかけ、驚くほどクリエイティブな作品たちが集まりました。

建築家である今村創平氏や、筑波大学教授の谷口守氏を始めとする5人の審査員が、特別賞・審査員賞・優秀賞を選出した中、栄えある最優秀賞に輝いたのは村松佑紀さんら、8名の和歌山大学・大学院生が出品した「ひすとりっぷ」でした。あなたと歴史をつなぐモビリティと銘打たれた同作品は、京都の町を舞台に歴史的アイコンである手まりをモチーフとした都市型エレベーターを配し、初めて京都を訪れる人でも快適に利用できる、観光の「足」にしようという構想を描いたものです。

出典:東芝エレベーター(株)「第10回未来エレベーターコンテスト」

「歴史+旅行」を意味するその名が示す通り、京都の街にあるさまざまな歴史や出来事といったコンテンツをIoTで感知し、リアルタイムで当時の建築物、人物を表示するAR表示装置を内部に実装することで、魅力的な観光体験を演出するのだとか。

移動原理は、従来型のワイヤーに頼るエレベーターというよりEVに近く、ユニット下部にはモーターと連動したタイヤを設置。モーターの回転がタイヤを通して外部に伝わることで全方向に転がりながら進みますが、座席部分にはジンバル構造が作用されているため回転しません。注目すべきはその操作方法。行きたい場所や到着時間などの入力手段として、モーションキャプチャーが採用されているのです。

内部には有機ELディスプレイが設置されており、乗客は提示された数種類の条件を対話的に絞り込みます。そしてクラウドを介してそれを受け取ったAIが、現在の交通状況から最適ルートをユニットに送信しつつ、史跡についての案内・解説もこなすというのです。

あたかも、専用ガイド付きの個人ツアーに参加しているように、乗客が京都内を自由かつ快適に楽しめる観光エレベーターというアイデア。現在のIoTやEV技術を活用すれば、10年後といわず、すぐにでも実現可能かもしれません。また、同ユニットはハンズフリーで移動でき、IT接続によるナビゲーションや写真・動画撮影及び試聴も可能なので、問題視されているながらスマホの減少につながります。

ただし、不特定多数と乗り合わせる従来のエレベーターと異なり、家族や友人・知人レベルでの利用となるため、大観光地でサービス提供する場合は膨大な数のユニットが必要となり、コスト面だけでみると簡単に導入ができるものではないでしょう。現実的な問題点を突き詰めればきりはありませんが、エレベーターを単なる建造物内モビリティから、優秀なMaaSツールへと進化させた、画期的かつ斬新なアイデアと言えるのではないでしょうか。

海外ではすでに起きていた「エレベーター革命」

前述した「ひすとりっぷ」はまだ想像の域を出ないものの、海外ではすでにエレベーター革命が始まっています。その最たる例が、独ティッセンクルップが開発した「MULTI」という新型エレベーターの本格導入です。

「MULTI」最大のポイントはワイヤレスであること、つまりキャビンを吊り上げるワイヤーが存在しないことです。壁に取り付けられたガイドに沿って、リニアモーターを動力源として移動する仕組みになっています。それだけなら、さしたるイノベーションに繋がらないように感じられますが、「MULTI」は垂直方向のシャフトと直行する形で横方向にもガイド付きシャフトが設置されているので、一般的な上下移動だけではなく、左右へも縦横無尽に移動ができるのです。

ユ―ザーが行きたい場所を指定すると、ITが他キャビンの混雑状況から最短移動ルートを計算するシステムで、たとえば、超高層マンションで自室を示すボタンを押せば、歩行することなく玄関前へ到着というイメージです。

また、人やモノの効率的な輸送や待ち時間の短縮など、モビリティとしてのメリットだけではなく、従来型より占有面積が少ない、ビル設計の自由度が向上する、導入するビルの高さに制限がなくなる、ビル外壁への設置&隣接ビルとの連絡が可能になる、約60%のピーク電力削減できるなど、省スペース・省エネに寄与する多くの利点が見込まれています。

「MULTI」の導入により、もっとも恩恵を受けると考えられるのは高層ビル。最大で全体の40%に達するとされる従来型エレベーターのように、設計段階で占有スペースを気にすることなく、建築家はより自由な発想で革新的なビルを設計できるようになると言います。

同社が「エレベーター発明以来最大のレボリューション」と、胸を張るこの新型エレベーターは、欧州有数の不動産デベロッパー「OVGリアルエステート」がベルリンに建設した高層ビル、イーストサイドタワー・ベルリンで導入されています。

構造やシステムを見ても、ホームが入り組んで難解な地下鉄などの都市交通アクセスへ応用は可能で、車椅子やベビーカーを押す人の移動をサポートするエレベーターとして、少子・高齢化が進む日本にもマッチするかも知れません。

ただ一点、従来のエレベーターと比較すると約5倍もかかる設置コストの高さだけが、今後の普及を左右する最大のネックと言えるでしょう。

日本ではどんな新エレベーターの登場が考えられるか

国内に目を移すと、100階までわずか1分足らずで到達する「超高速エレベーター」や、昇降機・制御盤を回路内に設置することで機械室レスを実現した「省スペースエレベーター」などの技術開発がアジアを主戦場とした受注競争を繰り広げています。

しかし、あくまでそれは移動体としての機能向上にすぎず、「MULTI」のような未来型エレベーターの開発は進んでおらず、旧態依然のモデルしか普及していないのが現状です。
そんな中、三井不動産がプロジェクトマネージャーとなって建設を進めていた次世代のオフィスビル「新橋M-SQUARE Bright」が2018年9月に完成し、日立ビルサービス製の「ハンズフリー機能付きエレベーター」が国内初導入されたことが話題を集めています。

このエレベーターは、設置されたカメラから顔認証で来館者を検知し、自動でエレベーターのボタン操作を行うことができます。また、事前に顔データ登録をすることで行先階ボタン操作も自動で行うことが可能。

加えて、キャビン内の人数を従来の重量による算出法と、カメラによる画像解析技術の双方で把握し、満員時の無駄な停止を防ぐとともに無人時には速やかに閉扉する機能も。乗車可能な際は状況にあった誘導アナウンスでスムーズな乗り込みを促します。また、今までキャビンがどこにいるか示すにすぎなかった表示パネルに、AGC製サイネージモニターの「infoverreMIRROR」を採用し、天気予報などと一緒にエレベーターの到着時間を表示。

このモニターによって、利用者はさまざまな情報を入手できるようになり、他の機能と合わせて時間の有効活用ができるようになります。同社は新橋M-SQUARE Brightでの実証データにもとづき、さらなるエレベーターの効率化を目指すとしてします。

しかし、ひいき目に見ても「MULTI」が巻き起こした革命的変化を生み出す「驚異の新エレベーター」とは言いがたいかもしれません。ただ、ドイツ・ベルリンの巨大水槽型エレベーター、「アクアドーム」のエンターテインメント性や、船を巨大な回転式エレベータで運ぶスコットランドの「ファルカーク・ホイール」のようなスケール感を、既存ビルが乱立する日本で求めるのはなかなか酷なものです。

では、国内エレベーター産業の活路はどこにあるのでしょうか。そのカギを握るものこそIoTとの高度な融合であり、若く柔軟な頭脳が生み出した未来エレベーター「ひすとぴっぷ」には、国内メーカーが取り組むべき、次世代エレベーター開発の「ヒント」が詰まっていると言えるのです。

IoTで未来のエレベーターが変わる

スマホに音声で目的階を告げると、もっとも早く到着する乗車可能なエレベーターへ誘導してくれる。エレベーター内のモニターには開催イベントやセールなど情報が映し出され、タッチするだけでチケット予約や商品購入、電子マネーによる決済可能な、「多機能エレベーター」。さらには、体の不自由な方や高齢者、妊娠中の方や小さな子供を自動認識し、最優先かつ安全に目的地まで送り届ける「福祉型エレベーター」など、IoT技術をフル活用すればスモール&スマートな、日本ならではの次世代エレベーターを生み出すことができるはずです。

ダイナミックな開発ではなく、国内メーカーはエレベ―ターにサービスとしての魅力を追加し、都市計画の中核を担うモビリティへと進化させていくべきかもしれません。さらに、足腰に不安を抱く高齢者が貴重な移動手段として利用している電動シニアカーや、盲導犬を始めとする介助犬のエレベーターへの乗り入れ可否は、現在ビルを運営する管理会社の一存に委ねられています。機能を進化させる前に、健康なユーザーより移動困難な方がいつでもどこでも、気兼ねなくエレベーターを利用できる体制を業界と政府主導で整えることこそ、最優先で推し進めるべき「共通課題」なのではないでしょうか。

DOWNLOAD

セッション資料イメージ