スペースXの全世界ブロードバンド構想が自動車に与える影響とは

EV(電気自動車)メーカー大手、テスラのオーナーとしても有名なイーロン・マスク氏が率いるスペースX社が、また壮大な構想を現実に移そうとしています。

かねてから実現を目指していた全世界ブロードバンド構想に必要な4,425機もの通信衛星打ち上げの許可申請を、FCC(米連邦通信委員会)に行ったのです。収益は火星植民プロジェクトの資金になるとのことですが、勝算はあるのでしょうか?

またその構想が実現するとなった場合、自動運転や自動車業界全体にどのような影響を与えるのか、考えていきたいと思います。

衛星軌道から行うインターネット通信の現在

衛星

Photo credit: Rodrigo Carvalho

比較的低軌道に打ち上げられた通信衛星を使い、放送用途とはまた違う個人的なパーソナル通信を行おうという試みは、それほど新しいものではありません。

かつて地上局を中継した通信を行っていた船舶電話はイギリスに本拠を置く国際企業インマルサットの衛星を使うようになりました。個人や法人向け衛星電話としても1990年代後半には全世界を対象として始められたイリジウムや日本のワイドスターなど複数の事業者が衛星を打ち上げて現在も利用されています。

インターネットの普及が進むとインターネット用衛星事業に参入する企業も。マイクロソフトのビル・ゲイツ氏らが出資した「テレデシック」や、日本でもNTTサテライトコミュニケーションズがCS衛星を経由したインターネットサービスを行っていました。

現在もアメリカのビアサットやエコスター、フランスのユーテルサットなどが運用しているインターネット通信衛星は最大スループット速度100Gbps以上のものがあり、衛星ブロードバンド自体は既に実用の域に入っているのです。

 

「残りの50億人」をインターネットで繋げる事業も

こうした衛星ブロードバンドとは別に、「残りの50億人」と呼ばれるインターネット不通地域に回線を繋げる事業も複数の事業者によって進められています。

例えばFacebookのCEO・マーク・ザッカーバーグ氏は2013年にスマートフォンなどデバイスメーカーのノキアやサムスン、半導体メーカーのクァルコムやメディアテック、通信メーカーのエリクソン、そしてブラウザのオペラと共同で「Internet.org」を立ち上げました。

これは高高度に1万機以上の通信中継用小型ドローンを飛ばす計画です。

ほかにGoogleも「残りの50億人」のために高高度に通信中継用気球を飛ばす「Project Loon」を計画しています。

マイクロソフトも1993年に失敗したテレデシックに懲りることなく「残りの50億人」のための事業を検討中ですが、同じ目的のプロジェクトがいくつも同時進行していることに無駄を感じている人が多いのもまた事実です。

そこにスペースXの衛星ブロードバンドが登場したのですから、ひとつひとつは立派な事業には違いないとしても、「最後の50億人のためと称するプロジェクトが、また新たに立ち上がった」だけとも言えます。

 

インターネットは、まだまだオイシイ市場

 

現在、世界中でインターネットを利用しているのは2015年の段階で32.1億人。ここ数年は毎年約2~3億人ずつ増加しています。

数年前までは「残りの50億人」と言われていた非インターネット人口も、現在は「残りの40億人」にまではっているわけですが、それでもまだ40億人がインターネットを使っていないんですね。

そのため、Googleなどは自前の「Project Loon」だけではなく、テスラの衛星ブロードバンド計画にも10億ドルの出資を決めており、自前で拡大せずともインターネットさえ繋がれば商売になる、という本音も伺えます。

 

低軌道衛星コンステレーションの実現で優位性を持つスペースX

space x

Photo credit: Steve Jurvetson

衛星ブロードバンドの実現には、地球低軌道上に多数の衛星を打ち上げて1つの大きなシステムを形作る「低軌道衛星コンステレーション」が不可欠です。

スペースXが衛星を展開するとしている高度1,150~1,325km帯の低軌道でなければ、あまりに距離が遠すぎて、通信速度自体がいかに高速でも衛星を経由することになるタイムラグが大きすぎます。一方で衛星が少なすぎても少数のヘビーユーザーがインターネットに必要な周波数帯域を専有してしまい、多数のユーザーが使用できないサービスになるという、モバイルネットワークと同じ問題が発生するのです。

実際、過去に衛星ブロードバンドを試みた日本のNTTサテライトコミュニケーションズが失敗した原因もそれでした。

そのため、スペースXではまず800機の衛星で北米を中心にカバーし、最終的には4,425機もの衛星を打ち上げて全世界に衛星ブロードバンドネットワークを築こうとしているのです。もちろん低軌道上の衛星には予備機が相当数含まれると思われますが、それでもネットワークの維持には継続した衛星打ち上げ能力の確保が必須。

その点、スペースX自体が「ファルコン」シリーズのロケットを使用した商業衛星打ち上げ企業ですから、他の企業に打ち上げを委託しなくてはいけない事業者に比べて、元からかなりの優位性を持っていると言えます。

 

ファルコン9ロケットに高まる期待

Photo credit: Steve Jurvetson

Photo credit: Steve Jurvetson

既に商業衛星打ち上げのみならず、国際宇宙ステーションISSへの補給機としてスペースXが開発した「ドラゴン」を搭載したファルコン9ロケットは、同程度の能力を持つロケットの中でも非常に安価と言われています。

打ち上げが完全に成功する確率は92.9%以上、現在も打ち上げ続行されているので成功率は日々高まっている最中。しかもファルコン9は史上初めて、打ち上げ後に自力で地上や会場プラットフォームに帰還が可能な「使い捨てではない再利用可能ロケット」として開発されました。

まだ技術的実証段階とはいえ実際に帰還に成功しており、開発が進めばロケットの再利用でさらにコストが下がるでしょう。

そして、同社の衛星ブロードバンドを担う衛星コンステレーションに必要な多数の衛星は、同社のロケット打ち上げ実績と開発の進展に寄与し、信頼性向上と量産効果によるコスト削減、新型ロケットの開発にも大きく寄与していきます。

衛星ブロードバンドの収益は、同社が計画する火星植民プロジェクトの資金として使われるそうですが、プロジェクトに必要な技術開発を自社プロジェクトで行えるという、まさに一石二鳥のプランだと言えるでしょう。

成功すれば、「自ら作り出した市場で自らの技術や規模を高めていく、最良のスパイラル」を宇宙開発で実現した、初の純民間企業になるのではないでしょうか。

 

成功すれば、テスラ車など自動運転車ネットワークにも活かされる

テスラ

Photo credit: David Howard

同社の構築する衛星ネットワークは「残りの50億人(現在は残り40億人ですが)」と、その人々を対象にビジネスを行いたい企業にとって非常に魅力的なことは間違いありません。

そしてそれは、通信事業者やインターネットビジネスを行う企業にとどまらないでしょう。

同社と同じくイーロン・マスク氏が率いるEV(電気自動車)メーカー、テスラもそのひとつで、テスラ車の「オートパイロット」あるいはその発展型である自動運転システムが必要とする、高速インターネット通信を使用したAIのシステムには衛星ブロードバンドが不可欠です。

ネットワークに接続されたAIが無ければ、自動運転車は必要な道路情報の入手や、センサーで捉えた地図情報など各種情報を送れません。それゆえ、テスラ車に限らず自動運転車がその能力をフルに発揮して走れる場所は限られてしまいますが、衛星ブロードバンドは世界中どこでも自動運転車をネットワークに繋げられるのです。

もちろん、テスラ車はスペースXの衛星を生かした自動運転システムを初めて搭載する車になるでしょうし、それがうまくいけば他社でも採用が広がるでしょう。

車意外にもIoT機器が、それ自体は衛星通信ができなかったとしても、中継器を通せばやはり世界中と繋がることが可能になります。

このプロジェクトの始動は早くても2020年頃になるとの見通しですが、2020年代は新たなインターネット革命が起こりそうですね。

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