AIによる自動運転時代に向けて– 対応が迫られる法整備

AIによる自動運転時代に向けて– 対応が迫られる法整備

あくまで運転支援に過ぎない自動運転レベル1・2は、すでに多くの市販車へ搭載され、メーカー各社がしのぎを削る開発競争の焦点は、条件付き自動運転の「レベル3」へと移行しつつあります。海外では2017年ドイツのアウディが、自動運転レベル3に該当するシステムを量産車に搭載、国内では2019年秋のお目見えする日産の新型スカイラインに、世界初のレベル2,5と呼べるハンズフリー走行が可能な「プロパイロット2,0」が採用されます。

国内外のメーカーは、2020年をめどにレベル3の実現を目指しており、政府も道路交通法の改正案を国会で可決しましたが、緊急時の対応までシステムが行うレベル4以上搭載車が公道を走行するには、法整備をはじめ、クリアすべき課題が多く残されているようです。

自動運転レベル3の実用化に向け改正された道路交通法

2019年5月28日、衆議院において、自動運転レベル3(条件付き運転自動化)搭載車が公道を走行する際のルールを定めた道路交通法の一部改正案が、賛成多数で可決されました。

道路交通法は、ドライバーが守るべきルールを定めた法律ですが、自動運転レベル3になるとレベル2以下でドライバーが行っていた、「認知・判断・操作」というすべての運転操作を自動運転システムが行うため、改正が不可欠だったのです。

改正ポイント1. 「運転」の概念を修正・自動運転使用時の義務を明確化

レベル3では、運転の主体が「人」ではなくなるため、運転という行為の概念が大きく変化することになります。今回の改正では、自動運行装置を使う行為を運転という概念に含め、「自動運行装置を使って自動車を運行する人」に道路交通法上の「運転者」に対する義務規定を適用することにしたのです。

この改正により道路交通法で運転者の義務と定められている、「安全運転義務・制限速度遵守義務・信号等遵守義務・車間距離保持義務」を違反した場合は、それが自動運転システム作動時であっても適用されることになります。とはいえ、レベル3に相当する自動運転システムが正常に作動している場合、先述した義務の履行が容易になるため、義務不履行を起因とする事故発生リスクは大きく減少すると期待されています。

一方、自動運転システムに依存しないその他の義務―たとえば、事故発生時の救援義務や運転免許証の提示義務などは順守を強く意識しなくてはなりませんし、飲酒・無車検・無保険運転は当然ながら禁止とされています。ただ、レベル3システムを適切に使用することで運転者自身による常時監視や運転操作は不要となるため、今まで禁止されていたスマホの保持通話やカーナビ画像注視については、人がいつでもシステムと運転を交代できることを条件に解除されます。

一方、レベル3以下を運転している際の携帯・スマホ使用については、今回の改正に合わせて刑事罰・行政罰ともに大幅に厳罰化されたほか、事故を起こしたり交通の危険を生じさせたりした場合は、無免許・無車検・飲酒運転と同等の「非反則行為」となります。そして、非反則行為で摘発されると、赤切符が切られ刑事罰が確定し、1年以下の懲役または30万円以下の罰金(従来は3カ月以下の懲役または5万円以下の罰金)が、課せられることになりました。

また、いつでも自動運転システムと交代できることに違いはないものの、読書や飲食などについては改正法で一切許可が明記されていないため、安全運転義務違反として違反点数2点及び、9,000円(普通車)の反則金が課せられる可能性があります。

改正ポイント2. データ記録装置の搭載等を義務付け

運転の主体が人ではなく自動運転車の交通事故の場合、これまでの交通事故と異なり運転者が交通事故時の状況をしっかり把握できなくなると予測されています。そこで今回の改正では、事故発生時の状況が把握できる、「作動状態記録装置」の搭載に関して以下の条文が設けられました。

【道路交通法第63条】​

  • 第1項・・・自動車の使用者、その他自動車の装置の整備について責任を有する者又は運転者は、(中略)作動状態の確認に必要な情報を正確に記録することができないものを運転させ、又は運転してはならない。​
  • 第2項 自動運行装置を備えている自動車の使用者は、作動状態記録装置により記録された記録を、内閣府令で定めるところにより保存しなければならない。

簡単に言えば、航空機に搭載されている「フライトレコーダー」のように、事故発生時の作動状態を確認するために必要な情報、つまり車速の変化やハンドル操作などを正確に記録・保存できる装置を有さない、レベル3相当の車の運転は禁じているということです。なお、この作動状態記録装置がドライブレコーダーでも良いのかという点については、ドライブレコーダーでは外部や内部の映像は記録できても、システムの作動状況までは記録できないため、「該当しない」と考えられています。

また、整備不良車両に該当する車両が運転されている場合、警察官は当該車両の運転者に対して、作動状態記録装置の記録提示を求めることができる旨が追加事項として明記されています。

レベル3以上の実用化で生じる問題

前述した道路交通法の改正案成立により、予定通りことが進めば、2020年中にレベル3搭載車が高速道路を走行できるようになるかもしれません。しかし、実用化によって生じる数多くの問題を解決しないことには、レベル3以上の爆発的な普及は望めないでしょう。

この項では、予想される主な問題点を整理しつつ、打開策としてどのような課題をクリアしていくべきなのか、法整備・技術革新はもちろん社会受容面など、多方面から考察していきます。

国際的な法整備の必要性~ジュネーブ条約改正の遅れ~

自動車は日本にとって非常に重要な輸出商品。グローバルなトレンドが自動運転である以上、海外マーケットでイニシアチブを握るには、レベル3以上を搭載した新型モデルの投入が絶対条件です。しかし、統一規則を定めることにより、国際道路交通の発達および、安全を促進する目的で制定された国際条約の1つで、尚且つ日本や米国が批准している「ジュネーブ道路交通条約」では、レベル4・5に当たる完全自動運転が認められていません。

また同条約第10条では、以下のように定められているため、解釈によってはレベル3搭載車の輸出も、条例違反に該当する可能性もあるのです。

  • 車両の運転者は、常に車両の速度を制御していなければならず、また適切かつ慎重な方法で運転しなければならない。
  • 運転者は、状況により必要とされる時、特に見通しがきかない時は徐行し、または停止しなければならない。

一方、ヨーロッパ諸国が加盟しているもう1つの国際条約「ウィーン道路交通条約」は改正がスムーズに進み、条件付きながらレベル4の完全自動運転が認められています。国内法は、政府主導ならいくらでも整備のスピードアップが図れるものの、国連での議論と決議が必要な国際条例の改正は簡単ではなく、日本・米国・インド・韓国などが改正に向けて働きかけを強めているものの、なかなか進行していないようです。

なお、開発の最前線ではレベル4を搭載する車両も完成し、日本でも数年前から公道における実証実験が行われています。ただ、この条約を守るために、レベル4の公道試験をするときは必ず遠隔操作で人が緊急停止できるようになっています。

完璧な安全技術の確立~十中八九では許されない~

ドライバーの監視なく、安全な走行を確実に行うには、技術のさらなる熟成が必要であり、「たまに失敗する」ような自動運転技術では、どんな大惨事が発生するか計り知れません。

それは人が運転しても同じことが言えるものの、ヒューマンエラーとシステムエラーの双方に対応しなくてはならない、レベル3という段階を踏まなければ先に進めないのがネック。高精度のセンシングとAIにおける判断能力アップ、それに車両制御の正確性向上やマップの作り込み・標準化など、システムの技術革新に集中できるレベル4に一足飛びで進化したほうが、もしかしたら早いのかもしれません。

法整備にしても、人間と機械の間を運転の権限が行ったり来たりする、レベル3対応の法改正はやや中途半端な印象です。しかし、国際条例および準拠する国内法がそれを認めていない以上、事故や交通違反減少の実績データを積み上げ、コツコツと前に進んでいくしかないと言えるでしょう。

AIに運転を任せる安全性~トロッコ問題について~

AIの判断に依存する、完全自律運転車の安全性についてよく議題に上がるのが、「トロッコ問題」と呼ばれる「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」という、倫理学における思考実験です。問題の概略を説明すると、

  • 制御不能となったトロッコが暴走
  • そのまま走行した場合は前方で作業している5人が死亡
  • この時線路の分岐ポイントにAさんがいる
  • 分岐ポイントをすぐに操作すればトロッコは脇道へ
  • しかし脇道に進むと1人で作業しているBさんが死亡する

これらを前提条件とし、「あなたがAさんならどうしますか?」という、非常に酷な質問を投げかけるもの。おそらく、ほとんどの方が犠牲者の数から、分岐ポイントの操作、つまり5人の方を救うべきだと判断することでしょう。自律運転車の場合、直進だけではなく方向転換も可能で、歩行者や自転車など、他の交通と絡むため、より状況が複雑化します。

たとえば、ブレーキが効かなくなった自律運転車(乗員1人)が暴走し、歩行者3人と自転車2台がいる横断歩道へ、今まさに突っ込もうとしているところだとしましょう。この時、手前にある障害物にぶつかって止まることができれば、歩行者と自転車は助かります。しかし、ドライバーは危険な目に…という状況下で、「AIはどういう判断を下すか」という問題が持ち上がっているのです。

自動車の場合、「犠牲者の数」以外にも

  1. 走行車両のスピード
  2. 障害物の形状と強度
  3. 車両が有する安全装備
  4. 周囲の交通状況
  5. 歩行者および自転車が信号無視
  6. 妊婦や乳幼児がいる
  7. 性別・年齢層・体格などがバラバラ

など、レール上を走るにすぎないトロッコとは比べものにならない、数多くの条件下にさらされます。

運転操作を人が行う場合、エンジンブレーキを作動させたり、ガードレールに少しずつ接触しスピードを落としたり、植え込みなどに突っ込んで被害を最小限に食い止めるたりするなど、危機回避行動も熟練ドライバーなら可能でしょう。しかし、AIに熟練ドライバー並みのファジーな判断ができるとは思えず、1~4を把握して車両を制御することは可能でしょうが、5に関しては「青信号だから通行して問題なし」と判断し、そのまま横断歩道に突っ込んでしまうかもしれないのです。

また、人は「モラル」によって高齢者より若年層を優先したり、衝突時のダメージが重篤になりかねない、妊婦や乳幼児を無意識に避けようとしたりする可能性が高いですが、AIにそんな細かいモラル感を学習させるのは、現段階では無理難題なことです。一方、「ドライバー1人を犠牲にした方が被害が少ない」と判断する、モラル満点のAIが搭載された自律運転車に、「乗りたい!」と望む方が世の中にどれほどいるでしょうか。ほとんどと言ってもいいほどいないはずです。

このトロッコ問題を解決しない限り、人・自転車などが原則侵入しない高速道路や、自動車専用道での走行に限定されているレベル3・4はともかく、一般道を走行可能なレベル5の自律運転車が走行する時代が訪れるのはもっと先のことになるでしょう。

最重要課題~事故を起こした際の責任はどうなる?

トロッコ問題を解決しないと実用化が難しいレベル5ではなく、特定の場所に限られつつも、緊急時でもシステムが運転タスクをすべて行うレベル4の実現においても、まだクリアすべき大きなハードルが残されています。

それが、自動運転システム作動時に起きた事故の「責任の所在」です。レベル2とレベル3の場合、国土交通省を中心とした調査委員会は現行法(自賠法・民法)にもとづく損害賠償責任の考え方が「適用可能」という見解を示しています。また、対人事故については現行の自賠法で定められている次の3要件を証明できた場合、対物事故は加害者に故意・過失がない場合、損害賠償責任が発生しない点も一般車両と同じです。

  • 自己及び運転者が自動車の運行に関し注意を怠らなかったこと
  • 被害者又は運転者以外の第三者に故意又は過失があったこと
  • 自動車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかったこと

一方、システムの欠陥によって発生した事故の場合、メーカーに責任がおよぶ可能性も考えられますが、これは自動運転システムを有さない車両でも同じことですし、外部からのハッキングで発生した事故については、政府が補償することになりました。

この動きにより、メーカーが過大な責任を負う懸念が薄れ、レベル3の実用化が加速したほか、任意保険を提供している民間損保各社も実用化に併せた商品開発や定款等の整備を進めていますし、刑事責任についても、記録装置がないレベル3以上の運行を禁止する道路交通法の改正により、責任の所在を明確にできるよう手が打たれています。

しかし、レベル4以上の自動運転については、「従来の自動車とは別のものと捉える」という考えを同委員会は示しており、民事・刑事責任の在り方を引き続き議論する方針を固めています。レベル4を超えると運転が人の手から離れるわけですから、運転免許制度を改正する必要もありますし、公道走行を許可する「車検」の検査項目についても、法的に見直しを図っていかなくてはならないでしょう。

まとめ

ユーザーからすれば、自分が操作していない車が起こした事故の責任をすべて取るというのは、納得できないことかもしれません。しかし、メーカーに責任を問う法整備が進んでしまうと、自動運転ビジネスが止まってしまう、または無くなってしまう可能性もあるでしょう。

今後いかに優秀なAIが搭載されたとしても、自動車は法的に「所有物」と解釈されるため、他人に損害を与えた場合は所有者が責任を負う形で、今後も法整備が進んでいくと考えられます。そのため、AIや技術の革新だけではなく、事故の加害者や被害者になってしまった時に備え、自動運転レベルに対応した法整備がなされているかどうか、注意深く見守っていく必要があるでしょう。

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